カエリみる タイサク …2

2016年6月5日 14時57分の記事
 
 


Forgotten People,Forgotten Diseases


フィラリア感染症
リンパ系フィラリア症(象皮病)とメジナ虫症(ギニア虫症)〉より

スティーブン・ホーキングの父親 フランク・ホーキングはリンパ系フィラリア症を研究する寄生虫学者で 対策方法の開発のために世界各地で研究していた…フランク・ホーキングは1950~1960年代に ジエチルカルバマジン(DEC: diethylcarbamazine)など バンクロフト糸状虫をターゲットとした医薬品の開発と試験に多大な貢献をした
(フランク・ホーキングの業績-Hawking et al.,1950 / Hawking,1955 / Hawkng,1958)

フランク・ホーキングらは DECがバンクロフト糸状虫のミクロフィラリアに高い効果を示す一方 成虫にはあまり効かないことを明らかにした…リンパ系フィラリア症のあらゆる症状は成虫が原因であり ミクロフィラリアではない(にもかかわらず DECは投与される)
~P73


第二次世界大戦中に南太平洋の島々に派遣されていた米国軍にとってリンパ系フィラリア症は大きな健康問題であった.第二次世界大戦中に米国海軍の約3万8,300人がリンパ系フィラリア症に感染し,その約3分の1がフィラリア発作熱を起こしたと推定されている.(Coggeshall,1945. Rajan,2005に引用されている)

この出来事をきっかけとして,アメリカの研究グループなどがリンパ系フィラリア症とその対策に高い関心をもつようになった.タヒチ島で研究を行なっていたUCLAのジョン・F・ケッセルらは第二次世界大戦の終戦直後にDECの集団薬剤投与によって感染者数がすぐに減るということはないが,村全体のミクロフィラリア数が減るためにリンパ系フィラリア症の伝播を防御できることが明らかになった.-Kessel et al.,1953.

DECの投与をさらに効率的に行うため,フランク・ホーキングはDECを食塩に添加することを提唱した.-Hawking and Marques,1967.

DECは非常に安定した化合物であり,加熱調理しても壊れることはない.そのためフランク・ホーキングはヨード添加塩のようにDECを添加した塩を使った食事で,患者の体内のミクロフィラリア数を減らすことを提案した.DEC添加塩の効果が調査され,DEC添加塩がリンパ系フィラリア症のエンデミックに対して有効であることがはっきりと示された.


しかし この結果を受けて大規模なDEC添加塩の投与を開始したのは中国だった


フランク・ホーキングが研究のためにブラジルにいたころ,地球の裏側の中華人民共和国では毛沢東が政権を握っていたが,そこにはリンパ系フィラリア症の発生率が高い地域があった.リンパ系フィラリアの生活環を発見したのは,中国沿岸地域の福建省厦門(アモイ)市にいたパトリック・マンソン卿である.マンソン卿は,蚊がヒトの感染症を伝播するという画期的発見をした人物である.マンソン卿の研究は,その後ロナルド・ロス卿がインドで実施した,蚊がマラリアを伝播することを示した研究の基礎となっている.1976年に福建省と同じ中国沿岸地域の山東省で6か月間にわたり,約4万人にDEC添加塩が投与された(マンソン卿の発見から約100年後のことであった).その後,血液中のミクロフィラリア数を調べたところ,リンパ系フィラリア症の有病率が大幅に低下していたことが明らかになった.-Zhong and Zhen, 1991.

同様の結果が繰り返された後,リンパ系フィラリア症の感染リスクが高い主な省でリンパ系フィラリア症の対策が取られることになった.それらの省でDEC添加塩が広く使用された結果,今日の中華人民共和国リンパ系フィラリア症の排除にいち早く成功した大国となった.その後,ブラジル,日本,タンザニア,台湾でもDEC添加塩が広く使用され,バンクロフト糸状虫症が排除,または排除に近い状態になっている.-Houston, 2000.


一方,エジプトでは錠剤による集団薬剤投与が5年間続けられ,リンパ系フィラリア症が排除された.集団薬剤投与でリンパ系フィラリア症が排除された国は20か国を超える.(Ramzy et al.,2006 およびHotez,2011.)

これらの国の中には,リンパ系フィラリア症排除のために蚊の対策を行った国もあるが,それが補助的に大きな役割を果たしたことも明らかにされている.

一方,ソロモン諸島では媒介動物である蚊への対策が取られ、リンパ系フィラリア症が排除されている.-Ichimor et al.,2007.

アフリカのサハラ以南の国では,DECの代わりにイベルメクチンが使用された.これはオンコセルカ症に同時に感染している患者に,より安全に投与できたためである.P74


1997年に開催された第50回WHO総会で公衆衛生問題であるリンパ系フィラリア症を2020年までに排除するという決議が採択された(Who.int/lymphatic_filariasis/resources/WHA_50%2029.pdf) P75


リンパ系フィラリア症で行われる主な二つの排除方法


◆2種類の薬剤(DECとアルベンダゾール またはイベルメクチンとアルベンダゾール)を投与してリンパ系フィラリア症の伝播を防止

(アルベンダゾールは薬剤に耐性を示す寄生虫の発生を防ぐために追加されている)

どちらか2種類の薬剤を年1回 できるだけ多くの人々を対象に4~6年間連続して投与する


◆衛生活動 スキンケア 外科手術を行い 特にフィラリア熱発作 陰嚢水腫 リンパ浮腫と象皮病(どちらか一方 あるいは両方の場合も)など 症状を改善していく


こうして,NTDsの世界的な対策のために,STH感染症に対する集団薬剤投与(アルベンダゾールまたはメベンダゾールを使用)と住血吸虫症に対する集団薬剤投与(プラジカンテルを使用)に加え,リンパ系フィラリア症に対するイベルメクチンとアルベンダゾール,またはDECとアルベンダゾールの集団薬剤投与が加えられている.


WHO総会の決議を受けて太平洋地域のすべての国の保健担当大臣が,集団薬剤投与で太平洋地域のリンパ系フィラリア症を排除するリンパ系フィラリア症排除のための太平洋プログラム(PacELF)を定め,それぞれの排除対策を行うために,世界保健機関(WHO)の西太平洋地域事務局で会議を開くことに合意した.-Ichimor et al.,2007.
P75


集団薬剤投与を5年間続けた結果,現在ではクック諸島,ニウエ,サモアリンパ系フィラリア症が排除されている.しかし太平洋地域以外では今なお70か国以上でリンパ系フィラリア症のエンデミックが起きており,アフリカのサハラ以南のほとんどの国ではリンパ系フィラリア症の排除プログラムが定められておらず,実施されてもいない.
P75


リンパ系フィラリア症排除のためのグローバルアライアンス(GAELF: Global Alliance to Eliminate LF)は,リンパ系フィラリア症排除のためのグローバルプログラム(GPELF: Global Programme to Eliminate LF)をサポートする目的で2000年に作られたもので,2020年までの排除の実現を目指している.GAELFが重視しているのは,まだ排除に向けた基盤がないアジアおよびアフリカで,排除に向けたプログラムを早々に定めることである.


GAELFはリバプール熱帯医学校の顧みられない熱帯病センターに事務局を置き デビッド・H・モリヌーの退任後モーゼス・ボカリーがセンター長を務めている

GAELFの取り組みについてはオペレーショナルリサーチが多数行われ イベルメクチン(メルク社) アルベンダゾール(グラクソ・スミスクライン社) DEC(エーザイ)の薬剤が大量に無償提供され 順調に進んでいる

DECの提供元であるエーザイは日本の製薬企業あり NTDsに関するロンドン宣言が発表された2012年1月の会議で 活動への参加を表明した

リンパ系フィラリア症の対策および排除に関する世界的な取り組みは世界で最も大規模な公衆衛生プログラムである.エリック・オッテセンらは,2000年にGPELFが開始されてからの8年間で6億人に19億回分を超える薬剤投与が行われたと推定している.またGAELFは,DECまたはイベルメクチンを年1回投与された人々が2010年だけで72か国4億6,600万人に達したとしている.

年1回薬剤を投与されている約5億人のほかにもリンパ系フィラリア症の感染リスクの高い人が約9億人いるとWHOは推定している


リンパ系フィラリア症の対策および排除に関する取り組みでは,健康問題に大きな成果が得られただけでない.オッテセンらはGPELF開始後の8年間の直接的経済的効果を218億ドルと算定している.


リンパ系フィラリア症の治療と排除の状況についてはGAELFのwebサイト(filariasis.org), World Health Organizatio,2012, Chu et al.,2010, Ottesen,2006 を参照


リンパ系フィラリア症の排除に効果的な方法はすでにわかっており,さらにこの感染症には排除を進めるうえで都合のよい生物学的,社会的特徴もある」

「治療を必要としている約10億人の多くが経済的最下層にいるため,政治家に意見が届かないという問題」

「社会的,政治的問題にとどまらず,リンパ系フィラリアが偏見を生み,患者の存在が明らかにならないという問題」

「偏見のために疾病負荷を正確に把握できず,必須医薬品が患者の手元に届かないということが起こる」


GAELFの活動でリンパ系フィラリア症が排除された国が20か国を超える


米国国際開発庁は 2012年のNTDsに関するロンドン宣言で リンパ系フィラリア症を2020年までに排除するというWHOの目標の支援を表明
(Bockarie and Molyneux,2009 および neglecteddiseas.gov/about/ を参照)P77


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メジナ虫症(ギニア虫症)

メジナ虫症の感染者数は(現時点で)1,000人を超える程度で ほとんどが南スーダンに集中


旧約聖書に記される,イスラエル人がエジプト脱出後,砂漠で襲われた「火の蛇」とはメジナ虫だと考えられている.またエジプトのパピルス文書にはメジナ虫を引き抜く治療法が記されている.(リンパ系フィラリアメジナ虫の歴史については Cox,2002 および Hotez et al.,2006 を参照)


1986年まではアフリカ,中東,アジアの最貧困層約350万人がメジナ虫症に感染していると推定されていた.しかしカーターセンターが米国疾病予防センター(CDC),UNICEF,WHO と協力して,20年間にわたって公衆衛生に関する大規模なプログラムとアドボカシー活動など,メジナ虫症根絶のためのプログラムを実施した結果,現在までにメジナ虫症の発症率が99%低下し,192の国と地域でメジナ虫症が伝播してないことが確認されている.

メジナ虫(ギニア虫)は実際にはバンクロフト糸状虫のような糸状虫ではないが,どちらも成虫の体長で90cmにもなり(雌のほうが雄より長い),脚や足先の皮下組織に寄生する.ただし,まれに他の部位に寄生することもある.また成虫の雌は他の寄生虫には見られない面白い方法で幼虫をヒトの体外に送り出す.まず成虫の雌は皮下に水疱を形成する.この水疱内の圧力が高いため,ヒトが脚を水に浸すと水疱が破裂する.幼虫の放出は数日間続くこともある.幼虫は淡水中でカイアシ類と呼ばれる小型の甲殻類に摂取された後も成長を続ける.そして,カイアシ類が含まれる水を濾過や沸騰をせずにヒトが飲むと感染する.ヒトに飲み込まれるとカイアシ類は胃酸で消化されるが,感染力のあるメジナ虫の幼虫は胃酸で消化されずに生き続ける.幼虫は消化管に到達すると腸に穴を開け,数か月後には脚の結合組織まで移動し,そこで有性生殖が可能な状態まで成熟し交配する. 
~P79『顧みられない熱帯病』2015



Peter J. Hotez, MD, PhD. 著
ベイラー医科大学テキサス州ヒューストン)/国立熱帯医学校 創設学長/小児医学および分子ウィルス学・微生物学 教授/テキサス子ども病院/熱帯小児医学寄付基金 教授/ワクチン開発センター代表/セービンワクチン研究所 所長/ライス大学 ベイカー研究所 病気と貧困特別研究員/PLOS Neglected Tropical Diseases 創刊編集長

監訳:北潔-東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 教授/長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科長

訳:BT Slingsby-グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)CEO/鹿角契-グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)投資戦略・開発事業担当部長