ショカン的空間

カエリみる タイサク …3

2016年6月6日 9時11分の記事
 
 


《住血吸虫症(巻貝熱)》より

住血吸虫症は水媒介性の寄生虫感染症

4~6億人が感染
(King,2010/推定値-ケースウエスタリンリザーブ大学のチャールズ・キングらの研究に基づく…虫卵が様々な経路から排出されることや ヒトの便や尿の中の虫卵を見つけることが難しいことから 適切に反映されていないとする…一般的には推定約2億人と引用されることが多い)

その9割以上がアフリカで アメリカ大陸(主にブラジル)と中東(主にイエメン)にそれぞれ100~200万人 中国 フィリピン 東南アジアの国々にアジア型の住血吸虫症患者が100万人いる

線虫類の土壌伝播性蠕虫と異なり,住血吸虫は偏形動物の一種で吸虫とも呼ばれる.住血吸虫の成虫は血管内の血液に寄生し(このため血液寄生吸虫とも呼ばれる),棘のある虫卵を血液中で産む.種によって重度の尿路疾患にかかることもあれば,腸管・肝臓疾患にかかることもある.ヒトは,淡水中を泳いでいる幼虫(セルカリア)が直接侵入し住血吸虫に感染する.住血吸虫はセルカリアになる前の成育期を水生巻貝の中で過ごす.

住血吸虫症ほど歴史に大きな影響を与えた感染症はない.住血吸虫症は旧約聖書の,ヨシュアの呪いによってエリコの街が無人のままになったという逸話とも関係がある.

また,住血吸虫症は古代エジプトでもよく知られていた.さらに,1798~1801年のナポレオン軍のエジプト遠征は悲惨な結果に終わったが,ナポレオン軍を苦しめたのが住血吸虫症だったと言われている

(住血吸虫症の歴史に関しては Hulse, 1971, Hotez et al., 2006, Cox, 2002, Fenwick et al., 2006. Grove,1990を参照)
しかし,住血吸虫が歴史に残した最大の出来事として,20世紀後半に起こった中国革命後の一件を挙げることができる.1949年の中国革命直後,毛沢東は台湾(当時のフォルモサ)を共産党の支配下に置くために大規模な上陸作戦を計画していた.ところが,数万の人民解放軍兵士は長江東部流域での激しい訓練の際,感染力の高い日本住血吸虫のセルカリアがたくさんいる川に入った.セルカリアは住血吸虫の幼虫で,川岸の湿った泥の中にいる巻貝から水中へ出てくる.数週間もしないうちに,数万人の兵士に片山病と呼ばれる住血吸虫症初期の急性症状が現れた.発熱,極度の疲労,筋肉痛,咳などで,数週間続く場合もある.-Ross et al., 2007

そうした症状のため 毛沢東は上陸作戦を延期せざるを得なくなり その間に米国の第七艦隊がフォルモサ海峡に到着
(その出来事は 1959年の『ハーパーズマガジン』に「フォルモサを救った寄生吸虫」というタイトルで記事が掲載されている)


1955年の始めに毛沢東主席の指示で,9名の委員から成る住血吸虫症に関する特別委員会が設置され,七年間にわたる住血吸虫症根絶計画が開始された.(Lampton,1974を参照)

1958年には大躍進運動が始まり,数百万人の農民が長江流域に集められ,沼地を干拓し,「悪の根源である巻貝」を土の中に埋める作業を行った.時には棒を使って巻貝を掘り出すこともあった.
(Horn,1969 P94-106 / Hotez,2002 / Utzinger et al.,2005 / Farley,1991 P201-215 参照)


“日が昇り,星が瞬き,夕暮れから夜明けまで働く
我々の力は無限であり,情熱は炎よりも赤い……
川が海ほど広大であっても,余すところなく干拓しなければならない……
腹が膨れる病と断固戦うために,川から巻貝を一掃するのだ”
魏 文伯(ウェイ・ウェンボー)

1958年 Chinese Medical Journalで発表した「現在の大躍進運動における人々の無限の力」という論文からの引用である.-Wei,1958. / Farley,1991 P206

論文発表後 巻貝を駆除する化学薬品も使われ始め…「駆除方法は未熟なものだったが効果はすばらしく」有病者数は減少…中国革命前に1,200万人以上を数えた患者が1980年代中頃には160万人になった…毛沢東は「送瘟神」(疫病神を送る)という詩を記した


しかし現在では,ナイル川のアスワンダム,アフリカのサハラ以南のセネガル川やボルタ川のダムの完成したことによって巻貝が繁殖しやすい環境が生まれ,住血吸虫症の患者数が元に戻るのではないかと懸念されている.
(ダムの建設がヒトの住血吸虫症の再興に及ぼす影響については Fenwick,2006 および Hotez et al.,1997 を参照)P47~8


(住血吸虫症はエジプトなどの東アフリカの国々にも大きな影響を与えた P49~)


「住血吸虫の成虫は血管内の血液を餌として摂取し,鉤虫と同じような酵素を使ってヘモグロビンを分解する.循環血液中に寄生する住血吸虫の雌雄の成虫が自らの正体を隠すために,宿主の分子を体の表面に付着させるなど,驚くようなしくみが進化の過程で発達している.住血吸虫はこのような方法でヒトの免疫系の抗体や免疫細胞からの攻撃を免れているのである」P52


「住血吸虫のセルカリアには二股に分かれた尾部があり,それを使って泳ぐことができる.ヒトに触れると皮膚から直接体内に侵入し,そのときセルカリアの尾部は脱落する.また,ヒトの免疫系からの攻撃を免れるために何回か生化学的に変化する」P51



Forgotten People,Forgotten Diseases



(カエリみる タイサク …2 の続き)

フィラリア感染症》〈リンパ系フィラリア症とメジナ虫症〉

メジナ虫症(ギニア虫症)

カイアシ類が含まれる水を濾過や沸騰をせずにヒトが飲むと感染する…飲み込まれるとカイアシ類は胃酸で消化されるが 感染力のあるメジナ虫の幼虫は胃酸で消化されずに生き続け…幼虫は消化管に到達すると腸に穴を開け 数か月後には脚の結合組織まで移動し 有性生殖が可能な状態まで成熟し交配 P78、9


成虫の雌が形成する水疱は痛みを伴い
焼けるように熱く感じる場合もあり…2~3か月間続くこともあり…動けなくなったり 働けなくなったり 痛みが1~2年続くことも

治療のための資金や人材が不足している地域でメジナ虫症になると,水疱が破裂した傷痕が潰瘍になり,細菌に感染することが多い.

合併症…細菌の二次感染 破傷風を発症することもあり

成虫の雌が関節(一般的に足首)あたりに寄生すると炎症が起き 関節炎に さらに重傷化することも

メジナ虫症の対策が広く行われる前は,ある村の住人が全員同時に感染することもあった.農作物の収穫や種まきの時期にメジナ虫症のエンデミックが起きると、村の農業は大きな打撃を受ける.そのためメジナ虫症を「穀物の倉が空になる」病気と言うこともある.

メジナ虫症に対する取り組みについては Hopkins et al., 2005, Ruiz-Tiben and Hopkins, 2006, who.int/dracunculiasis/ を参照)

西アフリカについては メジナ虫症による農業生産の損失額が推定されている-Cairncross et al.,2002.


メジナ虫症を直接治療する方法はない.今日でも,メジナ虫症の処置は古代からの方法と同じく,細い棒にメジナ虫を絡め,毎日少しずつ棒を回してゆっくりと巻き取ることだけである.医学の象徴とされる図「アスクレピオスの杖」には,杖に一匹の蛇が絡みついている様子が描かれているが,この図は感染症に対する古代の手当ての様子を描いたものだと考えられる.残念なことにいまだメジナ虫に有効な抗蠕虫薬は存在しないのである.


過去25年間の対策

1980年代初めはワクチン接種を広く行って天然痘の根絶に成功した後であり 次は何かということが取りざたされていた

1977年に天然痘が自然発生したというソマリアでの報告が最後
1981年に天然痘が撲滅されたと 確認された

メジナ虫症のワクチンはないが,鉤虫症,住血吸虫症などの蠕虫感染症に比べて有病率が低かったため,CDCは根絶を目指す新たな候補としてメジナ虫症を提案した.

衛生教育を行って,布で水を濾過してカイアシ類を取り除く,感染が起きている間は公共の水道サービスを停止するなど ,人々の日常生活における行動を変えことによってメジナ虫症を予防できることがわかっていたことも候補とした理由だった.これらの対策が有効であることは,ウズベキスタン,イラン,インドの一部の州(タミルナード州,グジャラート州など)ですでに根絶が成功していたことで実証されていた.
メジナ虫症の歴史に関する背景 who.int/dracunculiasis/background/ )


1986年の二つの出来事

◆第39回WHO総会でメジナ虫症の排除に関する決議が採択された

◆アメリカの元大統領ジミー・カーターが再選を果たせなかった選挙から6年後のその年にメジナ虫症の根絶に取り組み始めたこと


カーターは初めてのアドボカシー活動をパキスタンで行い,根絶に関する取り組みを強化するようムハンマド・ジア=ウル=ハク大統領に訴えた.その後はアフリカのサハラ以南の国,ガーナ,マリ,ナイジェリアの指導者たちとともに国家規模の対策プログラムを開始した.


1993年にパキスタンメジナ虫が根絶された世界で初めての国となり

1995~1996年までには メジナ虫症のエンデミックが起きているすべての国で根絶に対する取り組みが始まり…その後のWHO総会決議(WHA 50.35)につながった

決議では すべての「加盟国,国際的な非政府系組織,関連緒団体に対して,技術的にできうる限り早急にメジナ虫症を根絶するため,またメジナ虫症根絶認定国際委員会とその活動のために,政治的な支援と必要なリソースの確保を確実に続けること」を求めた
(Whqlibdoc.who.int/hq/2008/WHO_HTM_NTD_PCT_2008.1_eng.pdf.)


根絶のための三つの提案

◆深い井戸(カイアシ類がいない水源)を掘り 水を濾過し カイアシ類を駆除する幼虫駆除剤(主にテメホス[Abate,アメリカンサイアナミッド社製])を使用し安全な水を供給

◆衛生教育を行う

◆患者の封じ込めと管理を行う

それらの取り組みの中で新たに導入された器具…メジナ虫の濾過専用のデュポン社製ナイロン布製フィルター


メジナ虫根絶プログラム(DEP: Dracunculiasis Eradication Program, 責任者 アーネスト・ルイス=チベン)

世界全体のメジナ虫症の感染者数は 原稿執筆時点で1,000人 ほぼ全員が南スーダンに暮らしている…内戦が長期間続いたため その25年間は公衆衛生対策を行うことができなかった(Carter Center.2006 P30)

しかしカーター元大統領はスーダン内戦中の戦闘が最も激しかった時代にもメジナ虫対策を行い 成果を上げ 彼は4か月間の「メジナ虫停戦」を実現し カーターセンターはその期間にハルツームスーダンの首都)とナイロビの事務所を拠点として根絶に向けた活動を行った
(Hopkins and Withers. 2002. 記事は cartercenter.org/news/documents/doc1255. html に再掲されている)

停戦の結果 紛争地域でも公衆衛生対策を継続できることが示された…WHOによると 南スーダンではメジナ虫症の伝播を阻止するための対策が2013年までに強化される予定(その後感染者数はさらに減り 2014年には 126人となった) ~P82


リンパ系フィラリア症とメジナ虫症への対策は他のNTDsプログラムと同じように,費用が安く済み,費用対効果に優れている.リンパ系フィラリア症についてはイベルメクチン,DEC,アルベンダゾールが無償提供されているため,リンパ系フィラリア症の集団薬剤投与にかかる費用は1人あたり1米ドル未満である.(filariasis.org)

同じように,1987~1998年のDEPにかかった費用は5~8米ドルとなる.(経済的な数値は Kim et al.,1997 より)

ビル&メリンダ・ゲイツ財団は2000年に,これらの活動を続けられるように2,850万米ドルの追加支援を行った.カーターセンターはメジナ虫を根絶するという目標を達成するため活発な活動を続けている.カーターセンターの計画どおりに活動が進めば,2億米ドル未満の費用で根絶できるはずである.
P82『顧みられない熱帯病』2015



Peter J. Hotez, MD, PhD. 著
ベイラー医科大学テキサス州ヒューストン)/国立熱帯医学校 創設学長/小児医学および分子ウィルス学・微生物学 教授/テキサス子ども病院/熱帯小児医学寄付基金 教授/ワクチン開発センター代表/セービンワクチン研究所 所長/ライス大学 ベイカー研究所 病気と貧困特別研究員/PLOS Neglected Tropical Diseases 創刊編集長

監訳:北潔-東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 教授/長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科長

訳:BT Slingsby-グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)CEO/鹿角契-グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)投資戦略・開発事業担当部長



   *


巻き貝も 「冤罪」ケースなら

‥それなりの 主張 作業 行動など‥

しているのかもしれず


ぼろぼろと 崩れかけていたものがほとんどだったが
赤山で 真っ白な巻き貝のみが ぞろぞろ出土

当然 違和感

拾うのが大変だった わけだ
わざわざ 拾わなくてよかった わけで