2016年6月8日 17時7分の記事 |
Forgotten People,Forgotten Diseases 《マイコバクテリア感染症》〈ブルーリ潰瘍とハンセン病〉 “体にこの病変があるツァーラアトの罹患者は,自分の着物を裂き,髪をほどいて垂らし,上くちびるを覆って「穢れている,穢れている」と叫ばねばならない、彼の体にこの病変がある限り,彼は穢れている.彼は穢れたものなので,一人離れて暮らさねばならない.彼の住まいは宿営の外に置かれねばならない” レビ記 13:44~45〔山我哲雄訳,『旧約聖書Ⅱ』岩波書店,2000年より〕 マイコバクテリアは細長い形状の細菌で 増殖条件が他の細菌と異なる 構造的 生化学的特性が独特…微生物の中でも独立した1つのグループに分類される 他の細菌と異なり マクロファージ(免疫学者が「プロフェッショナルなキラー細胞と呼ぶ)の中で増殖可能 マイコバクテリアはマクロファージの中で成長し,増殖するだけでなく,体内の特定の組織に侵入する手段としてマクロファージを使えるように順応し,進化してきたのである.-Plorde.2004 結核菌で起こる結核 ヨーロッパで都市化が進んだ18~19世紀に結核は「白い疫病」と呼ばれており,ヨーロッパの死亡者のうち結核患者の割合は最高で30%にも達していたと思われる. (ブロンテ姉妹 チェーホフ ショパン ゲーテ キーツ ルソーたちが結核で亡くなっている) 結核は現在でも主な死亡原因の1つとなっており,年間死亡者数は約140万人と推定されている.このうちアフリカの死亡者数が最も多く,次いで東南アジアで多くなっている. World Health Organization,2012a who.int/tb/publications/global_report/ アフリカでは結核とHIV/エイズに同時に感染している患者の死亡率が高く,特に危機的な状況にある.また旧ソ連諸国では多数の薬剤に耐性を示す結核菌の感染が拡大しつつあり,大きな問題となっている. 先進8か国首脳会議参加国は 世界エイズ・結核・マラリア対策基金を通じて大規模な結核対策プログラムに資金を提供 また 世界エイズ・結核対策基金の助成で 効果が認められている「DOTS」(ドッツ)と呼ばれる治療を970万人が受けていると推定され…DOTSはもともと「結核の直接服薬確認療法-directly observed treatment for TB を意味するが現在では総合的な結核対策戦略の名称として使用されている…DOTSは「政府の強力な取り組み,患者発見,患者管理のもとでの標準治療,薬剤安定供給システムの確率,監督と評価システムの5つの要素から成る」 who.int/tb/dots/ 同じように 世界保健機関(WHO)を中心とするストップ結核パートナーシップを通じて5,100万人を超える患者が治療を受けている who.int/tb/publications/global_report/ ストップ結核パートナーシップは,国際組織,寄付団体,各国政府,政府組織,非政府系組織が参加するネットワークで,公衆衛生上の問題である結核の排除を目的として2000年に設立された. (世界結核デーをもうけた stoptb.org/events/world_tb_day) 結核はそうした活発なアドボカシー活動のおかげで グローバルヘルスの活動や慈善活動の対象になることが多い マイコバクテリア感染症…ブルーリ潰瘍とハンセン病については結核ほどアドボカシー活動が行われていない ブルーリ潰瘍とハンセン病は患者に外見的変化をもたらすため 差別を生みやすい顧みられない熱帯病(NTDs)であり 患者のほとんどが貧困層の人々 P114 〈ブルーリ潰瘍〉 P115~120 (抜粋 シャッフルなど) ブルーリ潰瘍(ブルーリ病)はマイコバクテリウム・ウルセランスと呼ばれる細菌によって発症する (潰瘍ができ 皮膚が壊れる) 主に学齢期の子どもに見られ 初期症状として皮膚の直下に小結節ができるが 痛みは伴わない…その小結節が壊れて広い範囲に…腕や脚 顔 胸 生殖器など どこにでも潰瘍ができる 潰瘍が原因で死ぬことは滅多にないが重い症状が現れる…皮膚組織が壊れ下の骨に感染が及ぶ骨髄炎…腕や脚の切断を余儀なくされたりすることもあり また 潰瘍が膝や腕を動かしにくくなることもある ブルーリ:1962年に大勢の患者の発生が報告されたウガンダのナイル川流域の地名 Clancey et al.,1962 しかし,さらにさかのぼる1897年に,英国医療使節団のアルバート・クック卿がブルーリ潰瘍について報告している.また,1948年にはブルーリ潰瘍の原因がマイコバクテリウムであることが報告されている. ブルーリ潰瘍は現在 西アフリカの熱帯湿潤地域で主に発生 西アフリカでは1980年以降にベニン(1989~2006年に7,000人),コートジボワール(1978~2006年に2万4,000人),ガーナ(1993年以降に1万1,000人)で大勢の患者の発生が報告されている.またエンデミックが起きている33か国のうち15か国については年間患者数が5,000~6,000人という報告がある. (1980年以降西アフリカでブルーリ潰瘍患者が増えた原因として 森林伐採などの環境的要因を指摘する研究者もいる) 西アフリカ以外のアフリカのサハラ以南の地域でもエンデミックが起きており アフリカ以外のいくつかの国でも発生が報告されている Converse et al.,2011 Johnson et al.,2005 ベニン,コートジボワール,ガーナの最新の患者数: World Health Organization,2012b ブルーリ潰瘍の臨床に関するレビュー2本: Wansbrough-Jonse and Phillips,2006 および Sizaire et al.,2006 (who.int/mediacentre/factsheets/fs/) マイコバクテリウム・ウルセランスは皮膚と皮下組織を壊す毒素を産生するために,潰瘍ができると考えられている.この細菌が作る毒素はマイコラクトンと呼ばれ,大きさ,化学組成,ヒトの皮膚を壊す生化学的なしくみなど,科学的な情報がかなりわかっている. マイコラクトン毒素と マイコラクトン毒素をコードするマイコバクテリウム・ウルセランス(M.ulcerans)の遺伝子の詳細: George et al.,1999 および Stinear et al.,2004 マイコバクテリウム・ウルセランスの全ゲノム配列が最近決定され マイコラクト合成のために必要な酵素をコードする遺伝子がプラスミドと呼ばれる遺伝因子にあることもわかった Stinear et al.,2004 Townsend,2004 プラスミドは染色体DNAとは別に存在し 自己複製できる環状DNA分子 アフリカのサハラ以南では,ブルーリ潰瘍は流れの緩やかな川などの水辺で発生している.また,エンデミックが起きている地域では,一部の水生昆虫の唾液腺,または脚に付着したバイオフィルムからマイコバクテリウム・ウルセランスそのものやそのDNAが見つかっている. ブルーリ潰瘍の伝播で水生昆虫が果たす役割については1999年に Portaels et al.,1999 で初めて示唆された (それ以降の文献を総括した最近の論文: Silva et al.,2007および Merritt et al.,2010) ブルーリ潰瘍は水媒介性の感染症(川で泳ぐことが感染リスクとなる) 動物媒介性の感染症 水媒介性と動物媒介性の両方の性質をもつ感染症 という仮説が立てられたが マイコバクテリウム・ウルセランスの伝播には水生昆虫が何らかの役割を果たしていることがわかっているにもかかわらず 新しい予防法は今のところない また 水に頻繁に触れないように言い聞かせることは エンデミックが起きている地域の大規模な予防対策としては現実的ではない ブルーリ潰瘍の管理と治療は複雑で,西アフリカの熱帯の僻地では特に難しい.たとえば,マイコバクテリウム・ウルセランスを研究室で培養し,濃度レベルの異なる抗生物質とともに試験管に入れた場合は,いくつかの物質が効くことがわかっているが,患者の体内で同じ抗生物質が効くかどうかはわからない.リファンピシンとストレプトマイシンは結核の治療のために開発された薬剤だが,最近これらを8週間投与する方法がブルーリ潰瘍の治療でも効果を発揮する可能性が出てきた.ただしストレプトマイシンは内服できないため,僻地でも注射で体内に注射する必要がある.また,潰瘍の範囲が広く,皮膚組織や皮下組織が大量に壊れている場合は,感染している部位に抗生物質が十分に届かないおそれがある. Converse et al.,2011 Johnson et al.,2005 World Health Organization,2012b Wansbrough-Jonse and Phillips,2006 および Sizaire et al.,2006 (who.int/mediacentre/factsheets/fs/) 潰瘍が広範囲に及ぶ場合 基本的な抗生物質を使うだけでなく 壊死した組織の切除(デブリードマンによる処置) 潰瘍の切除 皮膚の移植などの外科的処置を行うが そのような処置を行っても再発率は高い (ブルーリ潰瘍のエンデミックが起きている西アフリカの熱帯の僻地には そういった処置の経験豊富な外科医も 処置用の施設を用意できる医療従事者もいない) 患者1人の治療費用が 政府が保健衛生に関して支出している国民1人あたりの金額を上回ることが多い (113…) ~ガーナでは魔女のせいで結核やブルーリ潰瘍やハンセン病のような不可解な病気が広まっています.私はいつも清潔を心がけていましたから,私が病気になったのも魔力のせいだと思います.こんな奇妙な病気にさせるのは魔女しか考えられません.全能の神は私たちを愛してくださっていますから,こんな病気を私たちに与えるはずがありません~ ガーナのブルーリ潰瘍患者-Stienstra et al.,2002 (…113) 魔力や呪いによって病気が伝播するという迷信が生まれ(Stienstra et al.,2002) 「邪悪な目」と呼ばれる迷信もあり ブルーリ潰瘍を誰かに見られるともっと悪くなると信じられている オランダのフローニンゲン大学病院の研究チームは最近,ブルーリ潰瘍に関する迷信とブルーリ潰瘍に対する態度についてガーナで調査を行った(Stienstra et al.,2002).患者との面接調査の結果,ブルーリ潰瘍が差別を生み,貧困を助長していることがわかった. たとえば「邪悪な目」の迷信について ある患者は次のように話している(Stienstra et al.,2002) ~大勢の人に傷を見られたら治らなくなってしまいます.私の病気のことを皆が話したり,傷に驚かれたりしてもやはり治らなくなります.……「邪悪な目」で見られないように,着替えるときは必ず扉を閉めるようにしています~ ブルーリ潰瘍になった人が地域で孤立し 治療を受けることさえ嫌がる様子がうかがえる フローニンゲンのチームはブルーリ潰瘍になった人が疎外される原因は,この病気がヒトからヒトへ直接伝播しないにもかかわらず,病気がうつるという不安があるためであり,また孤立を助長しているのは,患者自身が呪いや魔力のせいでブルーリ潰瘍になると信じているためだとしている.(Stienstra et al.,2002) ~もしその家族が呪いや魔力をもっていることがわかったら私はその人たちを軽蔑するようになるでしょう.病気の原因が呪いや魔力だという噂を耳にします~ ブルーリ潰瘍は魔力で伝播するわけはないが,伝播の正確なしくみは今でも科学的にはっきりしていない. 「最悪の状況」「深刻な状況」 まず,他のNTDsと同じように熱帯の僻地のみで発生しているため,実際の患者数さえ把握できていない. 迷信があるため 患者は差別を受けるようになり 地域では疎外されるため 医療サービスとつながりにくい WHOは1998年にブルーリ潰瘍グローバルイニシアティブを設立 2004年 調査と対策の継続 新しい治療法と予防法の研究促進を求めるWHO総会決議が採択された Converse et al.,2011 Johnson et al.,2005 ビル&メリンダ・ゲイツ財団が支援して,アエラス結核ワクチングローバル財団(aeras.org)などが行った取り組みではブルーリ病のワクチンとしても期待されるものがいくつか開発され…遺伝子組換えワクチンやDNAワクチン…それらのターゲットとなる新しい抗原を見つける方法として 同時進行中のマイコバクテリウム・ウルセランスのゲノムの探索結果を利用することが考えられるが 遺伝子変異を考慮する必要もある 開発の見込みや 遺伝子変異の問題: Einarsdottir and Huygen,2011 と Walsh et al.,2010 現時点では臨床試験が行われているブルーリ潰瘍のワクチンは存在しない 『顧みられない熱帯病』2015 Peter J. Hotez, MD, PhD. 著 ベイラー医科大学(テキサス州ヒューストン)/国立熱帯医学校 創設学長/小児医学および分子ウィルス学・微生物学 教授/テキサス子ども病院/熱帯小児医学寄付基金 教授/ワクチン開発センター代表/セービンワクチン研究所 所長/ライス大学 ベイカー研究所 病気と貧困特別研究員/PLOS Neglected Tropical Diseases 創刊編集長 監訳:北潔-東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 教授/長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科長 訳:BT Slingsby-グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)CEO/鹿角契-グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)投資戦略・開発事業担当部長 //////////////////////////////////////////////// Eisai 「ブルーリ潰瘍の感染を予防するためのワクチンは、現在研究段階です。短期間での予防目的には特定のワクチン(BCGワクチン)が使用されています」 |