ショカン的空間

‘零’の近く

21、22

 

そこは「0」か?

みていない  みえていない領域

 

人さまに やってもらっている物事

やらせている事の 内容 詳細などがわからなければ わからないほど

 

「自分が (0から)つくった」と 簡単に言えてしまうかもしれない

 

   *

 

(自分から よく動くタイプで 他人を蔑んだりすることもないような)

ある(部屋)人は これまでに ‘メンツ’ ‘プライド’などを ズタズタに された

 

あれなヒトに言われると頭にくるだろう

(した側も) (いろいろと支障をきたす など 物凄く嫌-ストレス だっただろう)

 

でも 何を優先しなければならないのか

持続や維持などが 前提項目で無い ということに 気づいたときに

 

プライドをわずかに残して の 可能な方法を考えるようになったのかもしれない

何かに集中するときの姿勢の角度も変わっていくのかもしれない

 

が まず ‘清算’内容などを「みる」ことを 受け入れてからの話

 

    *

 

ヒトの特性を最大限活かして かつ 処理が速(過ぎて見えな)いとか 巧いとか

そういったケース

 

さりげなく行う(必要がある)のは 衝動や衝突の回避のためだったり

全体の負担減軽 等々であったり‥

 

どのように切迫などしているとしても

そこに気づくことなく 気づこうとせず

延延負担を押しつける方向に偏り過ぎなら

 

そのようにしか持続できないような‘世界’は 続かない

 

のは すでに証明されていると思う

 

(と 個人的には)

 

 

(パフォーマンスで)「崖っぷち」とか言ってる場合ではなく

 

むしろ その「ジコ愛」により

 

‥‥

 

 

どういう認識なのか  知らんが‥

 

と 個人的には

 

 

‥‥‥‥‥‥‥‥

 

 

(14時過ぎには 特に何も   間違い直し 誤字訂正 追加などをしにゆこうと ちょうど外にでたとき くらい)

 

 「衝動や衝突」 

“衝突” と入れたつもりが ‘衝動’ になっていたため そのように

 

(町田→)長津田   2箇所訂正を 2度に分けてなおした    緑  稲  梨

 

そして うかぶのは   つき

表面で  ついている のか   つかせているのか

 

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