ショカン的空間

平素 平生 常日頃

通りかかりでマスコット的な物が目に入ることもあり

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昨日 パスケース付の小さなポーチを 手のひらサイズの宇宙飛行士が背負っている

というものを見まして(通り道なので 何度か注目したことが) 画像は1.10に探しました

SILVER   手にとってみると意外とずっしり重い‥  

かわいい と 自然に目が   ということで 誰かが付けたら似合うと思います

 

そういった小物系は作っていませんが   編み物は そろそろ再開したいのですが 現状?

必要に応じて針と糸で修復 とか その他の修理など は

 

日常に出てくる ということで 「仕事」を探すときには 自然に目が そちらに

たとえば 屋内外でふりわけて ですとかも 

屋外での可能性も いつもみてきまして 無くはないでしょう が(「求人広告」のほうは。。 )

 

その辺でできないだろうか というときに (機器が無い場合などなら)

道具をひいて渡り歩く という発想もあるわけですが

「道」では 「現代」は そういうのは こっそり(何かあれば移動)

(自宅でなければ) イベント系で参加費を払ったうえで というようなことになりますか

 

手直しでの「仕事」も 諦めているわけではなく   ただ 現状からの派生は ?

それらに自然に 音つきの踊り など 日常のいろどりがついてくれば   とか も ?

 

 

元手を得るための 「出稼ぎ」は (昨年春から7月までも)考えていました

(歯の治療が一段落したら とも 本気で思っていました)

 

(体調や)表皮の状態は ここのところ いいとは言えないですが

わるいとも 思っていない‥標準 基準    そこでは もろもろ無理でしょう

 

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部屋人は末日から 別のバイトに出ており (単発 短期 長期 まだ聞けてない)

それは ここに住まうメリットといいますか「仕事」のつながりが あれ ということでも

ここでは あれなのでは

 

(「工作員」という言葉を日常で使いたくはないのですが 使ったりもする日常で)(全員「工作」員)

そういったことにかかわらず

どのようにか あれなら あれなのでは という   日々なのでは

 

いろいろと あれですが  あの場所は あのようになるとあれなので あれ・・いろいろみえますかね

 

皮膚の状態を見ると 今の状況 環境などのままなら徐々にあれかな という感じで

あの症状のつくりかた ですか   それを見ているようにも思え  

「台無し」持続 狙い「当事者」の方々は ほとんど とも いまだに思え

.

すぐ治るやろ 風に それで 気前よくごろごろ「強い」のを 何本も出していただいて・・減りは遅く

 

最近 膝と肘の内側に小さなかさぶたが多数 というのが とりわけ目立ち

 んー 関節ですか? と 文字投入

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...脇、肘と膝の裏、首、耳のつけね、とにかく関節が曲がる... - Ya hoo! 袋

冷え性、鉄分不足、また乾燥させてしまう謝ったお風呂のはいりかたと血行の悪さが原因

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1.6

ゲリー氏が (原爆)瞬間の感覚(や何か)でしたかが この国特有のそれを 顕現したとかなんとか

説明したい場合  その瞬間だけには 依存できない・・ もっともっと 膨大 悪質なもの

 

三茶から 旧三光町(店)に通っていた若いお嬢さんの辛酸を思い出します

  

 

1.3  など  ここスウジツ の ショウモウから も フリカエリ

ある武道家のことにふれ どうやら「病死」だったと   何だろうか?と検索しても ?

文章を寄せた方(など)以外の まわりは かかわりのあった方々は  忘れているのでは

 

(先月 その成分についてとりあげていたかと思い出しますが 「安定剤」かわり とか 「金パブ」)

「むかしむかし」 「パブロン」(キャベジン)信仰のかたに ほかにも いろいろ無理強いされておりまして

ほとんどすべてのことが 土台に根付くこともなく・・ まだ何かあるかもしれませんので よくみてゆきますが 

 

「昨年」少しでも暮らせるほうに・・ と思ってはいたのですが  まったく「逆」となり

「紙」に印刷されている 諸「支払い」分は 「自分で」計算を行ううえでわかりやすい ということも大きくて 12月に

 

なんといっても   生きることがむずかしい方向へ ガクンと というポイントが数回あり 

想いなどは さまざま かと思いますが いずれも「滅」ねらい だった ととらえています 

「滅」する  そのようにしたり ギリ圧をかけて 何かをなんかしたりとかも含めての 「滅」

 

ボロノイ図 というものを見ますと 点がほどよく分散されていますが それらがどこかの隅に集中しますと

別の観点ともなりましょう

 

思想などの偏り 傾き  たとえば「常若」 そういった 「勘違い(の場)」 ということを感じてきて

どれくらいかの割合がそこをヨシとしている そのような風潮を受け入れ続ける ということで

 

(限界は とうに超え)       ミノオキドコロ    ナニカヲコエナイト

 

 

1.2

今(のところ)入っている現場は web広告で  その前の場は広告誌 (はろーワークは何度か見に行った だけ)

恵比寿あたりでの頃は やはり 誌 で  ずっとそうだったような

むかしむかしの茗荷谷もおそらく そうだったのでは  そちらは とりあえず つとめないと と

お針子の口を紹介してくれそうな方(青山に職を持つ方だったと「記憶」)もいた けれど  ちがう と

そのまま きてしまった  ・・というのは あくまでも「記憶」をたよりにしてのこと  「記憶」は あてには

(あの頃は という言い尽くされた言い方よりも) ただ日常に溶け込んでいたような自然な流れには ならなかった

それまでは さまざまな制限などがありながらも そこそこ いろいろあれだった 面も  

(学校などでの遊戯くらいで「踊り」については 要素はほとんど無かったような・・「盆踊り」か)