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ショカン的空間

はれて ジユウの身に

そのウィルスのあたりは 小冊子から引っぱっていないような気がするのですが

あとで みてみますか

 

きのう ひらいたところに

リンゴの木の子孫が 北海道深川市七飯ななえ町にある とありまして

 

ニュートンのリンゴの木は その一部で作ったイスや 木幹の一部が

英国王立協会に保存されているほか 自宅からイギリス国立物理研究所に移植され

その後 接木法によって残された子孫が ストックホルム

モスクワ プラハ 西ドイツ 南アフリカ共和国など世界中へ移植され

 

その一部が 北海道にも植えられ 今も花を咲かせ 実をつけている ということで

七飯町歴史館では  毎年秋 その「リンゴで作った」という ジャムの販売も行っている らしい

 

そもそも日本にニュートンのリンゴの木が持ち込まれたのは、1965(昭和40)年ごろ、東京大学名誉教授だった故柴田雄次氏が尽力して苗木を貰い受けたのがはじまりである。ところが、東大植物園に移植されたリンゴの木は、リンゴウィルスを保有していることが分かり、その後、十五年間にわたって隔離されることになったのだ。しかし、1980(昭和55)年に、ようやく同園の熱処理によるウィルス除去法が成功し、リンゴは晴れて自由の身となったのである。

 

北海道に苗木がやってきたのは 1982(昭和57)年のこと

北海道大学農学部/田村勉教授を通して深川市が移植を申し出たことで実現

15年間 小森果木園で育てられた後 1997(平成9)年 深川市都市農村交流センターの開館にあたり

アグリ工房まあぶ果木体験見本園のシンボルとして移植された

 

七飯町のリンゴの木は 当時北海道大学にあったリンゴの苗木を1991(平成3)年に入手したもの

現在は成田果樹園と七飯町歴史館で1本ずつ植えられている  P116,7

『北海道「地理・地名・地図」の謎 』 (じっぴコンパクト新書)  2013 北村 崇教/本郷 敏志 (監修)

 

 

冒頭部の数行は同じ雰囲気ですか・・ いえ 数行だけではない「  」マニュアル的な? 

まあぶ       ・・そちらでも みられ 

 

個人的に 年代等 いろいろと あれ かも です

 

 

 

きのうおとなりさんは おやすみで そのおとなり ふたりに ちょこ効果おわたし  cacao86%と 95%

 

数字の少ないかた 地味でつかれる作業をいっとき ご一緒 

直前に何かをしていて (その機器内臓のそれにゆだねてしまうと) 何かにのり遅れてしまう日も

 

あれですね    やはり 個個のあらわれ

(ふしぎ という声色で)今年は 花粉症の薬を ほとんど要しない というような 声も

 

製図後 振り返ったらいた くらいの 現れ  で また 隅っこに 移動    ジブンデ ウゴイテクレナイカ

要素名などを入れる方は 層に集中されていて 線の至近 虫が目の前にいても 視界に入っていないかのようで

その後 分層的 そして製図上の(分岐的)ある一点から入ろうとしていた・・ 堅い? 入れず

5㎝強 バランス的に細くて 〰にょろ長い 短い(テアシ?タクサン)何かのついた ヤツ  調べらんない

 

ひかれた線や できた点を目安に掘ってゆくので ジャマなので   そうでなければ関わらない

その虫はあと2匹くらい見たような 土の中にいても  器(盆)に入ってきても 行く先 行方は知らない

いずれにせよ (土の性質上としても それでなくても)作業の通常の流れでは それらの線や点は のこらないわけで

 

 

(きょう)13時過ぎて 「管」系の清掃 終わったようです