Forgotten People,Forgotten Diseases
《住血吸虫症(巻貝熱)》より
住血吸虫症は水媒介性の寄生虫感染症
(住血吸虫症はエジプトなどの東アフリカの国々にも大きな影響を与えた P49~)
住血吸虫症の虫卵は紀元前1000年ごろのエジプト第20王朝のミイラからも見つかっている.また20世紀前半には,ナイル川デルタ地域の僻地に住む人の半数以上がビルハルツ住血吸虫やマンソン住血吸虫に感染しており,どちらの住血吸虫症にもエジプトの農業小作人の疫病と考えられていた.さらに,ビルハルツ住血吸虫に感染して血尿が出るエジプト人青少年が非常に多かったため,男性の月経とも考えられていた. (Farley,1991 のP45-54と 188-200)
エジプトと隣国スーダン(スーダンには世界最大の灌漑事業で開発されたゲジラスキームがあるが,それはちょうど青ナイル川と白ナイル川の合流地点にある)で初めて行われた住血吸虫症の対策はイギリスが計画したものである.当初は毒性の強いアンチモン化合物を数回注射して治療していたが,後には巻貝を駆除する化学薬品である殺貝剤(さつばいざい)を散布するようになった. (Fenwick et al.,2006を参照.エジプトでの住血吸虫症とC型肝炎の同時感染については Rao et al.,2002, El-Sabah et al.,2011, Sanghvi et al.,2013を参照)
1960年代によく使われた殺貝剤はバイエル社が開発したBayluscide(一般名はニクロサミド)だったが,価格が上昇したうえ,魚などの野生生物に対する害が大きいことがわかり,ほとんどが中止された.1970年代には,新たに見つかったambilhar,ヒカントンなどの薬剤が住血吸虫症の治療薬として使用されたが,毒性が強いことがわかり,原因不明で死亡する患者も出たため,やはり使用されなくなった.
エジプトの住血吸虫症については 住血吸虫に感染した患者の多くがC型肝炎ウイルスにも感染したためさらに問題となった
C型肝炎ウイルスへの感染は,患者に吐酒石(としゅせき)(以前は,抗寄生虫の注射剤で使用されていたが,現在では滅多に使用されない)を注射するときに,C型肝炎ウイルスが付着した注射針や機器を使っていたために生じたものであった.
住血吸虫とC型肝炎ウイルスに同時感染した患者の多くは 重い進行性の肝線維症になった
1990年代には 世界銀行と米国国際開発庁(USAID)も支援した14年間におよぶ集団薬剤投与で抗蠕虫薬のプラジカンテルが広く使用され エジプトの住血吸虫症の有病率は人口の1割未満まで低下
中国でも世界銀行が主導的に支援した10年間のプラジカンテルの集団薬剤投与が行われ 長江流域の住血吸虫症が大幅に減少した
(エジプトでの住血吸虫症とC型肝炎の同時感染については Rao et al.,2002, El-Sabah et al.,2011, Sanghvi et al.,2013を参照)
中国とエジプトでの集団薬剤投与がこのように成功したにもかかわらず,今日でも住血吸虫症は,鉤虫症に匹敵するほど対策が急務となっている感染症である.P49
世界全体の住血吸虫症感染者の63%はビルハルツ住血吸虫による泌尿生殖器住血吸虫症 35%はマンソン住血吸虫による腸管および肝住血吸虫症 -Van der Werf et al.,2003
冷戦時代から残る日本住血吸虫による住血吸虫症は全体の1%未満…残りの1%程度はその他 数種類の住血吸虫で起こる…感染者のほとんどがアフリカ人で 感染者数が100万人を超えるアフリカの国々は29か国に及び…アフリカ以外で100万人を超える国はブラジルとイエメンのみ -King, 2010
アメリカ大陸で発生しているマンソン住血吸虫症は 1600年代に始まったアフリカのサハラ以南との奴隷貿易により持ち込まれた可能性…(住血吸虫症などの熱帯病とアフリカからの奴隷の関連について-Lammie et al.,2006) P50
淡水中を泳ぐセルカリアがヒトに触れて侵入 感染
住血吸虫がいる川などで漁業 沐浴 水泳などを行ったり 水を灌漑用水として使う農地で働いたりすると 感染リスクは高まる
最もリスクが高い場所は灌漑用水を使用する農地の近くとダム貯水池の近く
住血吸虫のセルカリアには二股に分かれた尾部があり,それを使って泳ぐことができる.ヒトに触れると皮膚から直接体内に侵入し,そのときセルカリアの尾部は脱落する.また,ヒトの免疫系からの攻撃を免れるために何回か生化学的に変化する.住血吸虫の幼虫シストソミューラは肺を経て,約1~2か月後に肝肝臓の門脈まで移動し,成熟した雄と雌の成虫になる.-Gryseels et al.,2006 P51
その後,一対の雄と雌が最終的な寄生場所に移動する.その場所は,泌尿生殖器住血吸虫症を起こすビルハルツ住血吸虫では膀胱などの骨盤内の臓器の小静脈であり,マンソン住血吸虫と日本住血吸虫では腸管の腸間膜静脈や肝臓である. -Gryseels et al.,2006
住血吸虫の成虫は血管内の血液を餌として摂取し,鉤虫と同じような酵素を使ってヘモグロビンを分解する.循環血液中に寄生する住血吸虫の雌雄の成虫が自らの正体を隠すために,宿主の分子を体の表面に付着させるなど,驚くようなしくみが進化の過程で発達している.住血吸虫はこのような方法でヒトの免疫系の抗体や免疫細胞からの攻撃を免れているのである.
住血吸虫の雌は その後1日あたり数百個の卵を産み続ける -Gryseels et al.,2006
住血吸虫の生活環の維持には虫卵が体外へ出ていく必要があるが 鉤虫などの土壌伝播性蠕虫感染症の場合寄生虫が消化管に寄生しており 虫卵は便とともにそのまま排出され 体外に出ていくが 住血吸虫はヒトの血管内で産卵するため そのままでは体外に出ることはない
虫卵には棘があり 血管に穴を開けて通り抜け …棘で物理的に穴を開けながら 組織を溶かす酵素も出して膀胱または腸管の内側に侵入… 虫卵は尿や便とともに体外に排出され 淡水中でそのまま約1週間経つと孵化し 繊毛を使って自由に泳ぎ回るミラシジウムと呼ばれる幼虫になり 寄生に適した巻貝を探し…巻貝に寄生した後 無性生殖で次世代幼虫に…最後にセルカリアに成長し 巻貝から出る -Gryseels et al.,2006
ヒトの身体の組織内での虫卵の移動中 膀胱や生殖器(ビルハルツ住血吸虫の場合)や腸管や肝臓(マンソン住血吸虫および日本住血吸虫の場合)に溜まる…小血管を物理的に傷つけ け 破れて出血 尿や便の中に血液が見られるようになる
また 虫卵に対する炎症反応が起きて白血球や宿主由来成分を含む腫瘤(肉芽腫)ができ 尿や血液の流れを妨げることも P52
アフリカのサハラ以南での 住血吸虫で起こる病気ビルハルツ住血吸虫症が大きな問題…そこでは 住血吸虫症を「赤水熱」または「巻貝熱」と呼ぶ
それにより起こる血尿のエンデミックを最初に報告したのはナポレオンのエジプト遠征に同行したフランス人軍医A・J・ルノー…1798年のこと
「貧血と慢性的な炎症は 土壌伝播性蠕虫症の子どもの発達の遅れの原因でもある」
「泌尿生殖器住血吸虫症の場合 泌尿器からの出血だけでなく 慢性的な炎症も貧血の原因」 P53
膀胱の炎症性肉芽腫
アフリカで膀胱壁に重い症状が見られる人々は約1,800万人と推定され…膀胱の肉芽腫が癒着すると尿の流れが妨げられ 尿管と腎臓が膨らむ…それは水腎症と呼ばれ アフリカではビルハルツ住血吸虫症により約2,000万人が水腎症になっているとされ…長時間の水腎症は腎不全を引き起こす可能性がある -Van der Werf et al.,2003
ビルハルツ住血吸虫症になると めずらしい種類の膀胱がんになりやすい…膀胱の上皮組織が環境性発がん物質にさらされやすくなる -Gryseels et al.,2006
最近 ビルハルツ住血吸虫のゲノム配列が決定されたため 住血吸虫の虫卵から放出される発がん性分子の探索もはじまっている (ビルハルツ住血吸虫の虫卵と膀胱がんの関連については Mitreva, 2012, Nair et al., 2008, Fu et al. 2012, を参照)
女性の生殖器の合併症
ビルハルツ住血吸虫症になった女性のうち「砂状のパッチ」と呼ばれる線維化した病変が見られる患者は75%
住血吸虫症で婦人科系の部位に病変がある場合,HIV/エイズに3倍(ジンバブエ)または4倍(タンザニア)の割合で感染しやすくなることが最近の研究でわかり,アフリカのサハラ以南の他の地域でも同じような傾向があると推測されている.これらの研究をきっかけとして,アフリカ僻地でのHIV伝播への影響という観点から,住血吸虫症の対策と予防の検討に高い関心が集まっている. (女性の泌尿生殖器住血吸虫症,および女性の泌尿生殖器住血吸虫症とHIV/エイズの関連については Kjetland et al.,2012 および Mbabazi et al.,2011 を参照)
アフリカのサハラ以南では何億人もの人々がビルハルツ住血吸虫症になっている可能性がある
マンソン住血吸虫…アフリカのサハラ以南とブラジルで見られる腸管および肝臓疾患の大きな原因
腸管壁(一般的に大腸壁と直腸壁)に虫卵が溜まり 肉芽腫ができ 出血 下痢 食欲低下
肝臓に肉芽腫ができると炎症を起こし 肥大(「腹が膨れる病」という言葉の由来)-Gryseels et al.,2006
悪化すると 線維化 脾臓の肥大 食道静脈瘤からの出血 (多量の出血)
アフリカのサハラ以南でマンソン住血吸虫症から肝臓疾患にかかった人は約850万人と推定されている
中国では巻貝を駆除することで日本住血吸虫症の有病率が10分の1に減少したが,同じ方法を使ってもアフリカなどではビルハルツ住血吸虫やマンソン住血吸虫を効果的に駆除することはできなかった.巻貝駆除の失敗は,ビルハルツ住血吸虫やマンソン住血吸虫の中間宿主である巻貝の生態と,住血吸虫症の疫学を反映しているものと考えられる.殺貝剤は環境毒性が強いため,広範囲に繰り返し使うことはできない.また中国の長江流域には依然として84万人の感染者がおり,巻貝の駆除でも住血吸虫症を排除することはできていない.
ベンズイミダゾール系抗蠕虫薬の集団薬剤投与を行うことで 土壌伝播性蠕虫感染症の世界的状況が変化した
住血吸虫症について現時点で最も有効な方法は 感染者と感染リスクの高い人々にプラジカンテルの集団投与を行うこと
バイエル社が開発したその薬剤の投与が効果を示す…早い時期に治療を受けるほど回復が期待できる
このような医学的成果があがったのは,韓国の製薬企業シンプン社がプラジカンテルのジェネリック医薬品を低コストで製造する方法を開発したからである.製造技術が向上したことで,薬剤の価格が9割ほど安くなった.その結果,ブラジル,中国,エジプト,モロッコ,フィリピン,サウジアラビア,チュニジア,プエルトリコなど複数の中所得国で,住血吸虫症に対するプラジカンテルの集団薬剤投与プログラムを1990年代までに開始することができた.これらのプログラムの一部は世界銀行の支援で実施されたものであり,プラジカンテルの集団薬剤投与はこうした国々で大きな成功を収めている. P56
「実際に投与された子どもが少ないのは,入手できるプラジカンテルの量が限られているだけでなく,集団薬剤投与の規模を拡大しようという政治的な意志が欠けているからである」 (アフリカのサハラ以南とブラジル)
このような状況も踏まえて,ビル&メリンダ・ゲイツ財団が2012年1月にロンドン宣言において主な製薬企業,世界銀行,WHOなどの国際機関,そして主な非政府系組織とパートナーシップを構築し,顧みられない熱帯病対策のための集団薬剤投与への支援を再確認した. (ロンドン宣言の詳細は unitingtocombatntds.org/resource/london-declaration および Hotez,2012)
この発表と同時に,ドイツのメルク株式合資会社(Merck KGaA)がプラジカンテルの無償提供を大幅に増やすことも約束した.
プラジカンテル(アルベンダゾール)を促進するためにアフリカ諸国の保健担当省庁に技術的な助言を行っているパートナー:住血吸虫症対策イニシアティブ(SCI:Schistosomiasis Control Initiative):SCIはインペリアルカレッジロンドンのアラン・フェンウィックが立ち上げた官民パートナーシップ(imperial.ac.uk/schisto)P57
SCIが様々なパートナーと連携 活動
『顧みられない熱帯病』2015
Peter J. Hotez, MD, PhD. 著 ベイラー医科大学(テキサス州ヒューストン)/国立熱帯医学校 創設学長/小児医学および分子ウィルス学・微生物学 教授/テキサス子ども病院/熱帯小児医学寄付基金 教授/ワクチン開発センター代表/セービンワクチン研究所 所長/ライス大学 ベイカー研究所 病気と貧困特別研究員/PLOS Neglected Tropical Diseases 創刊編集長
監訳:北潔-東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 教授/長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科長
訳:BT Slingsby-グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)CEO/鹿角契-グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)投資戦略・開発事業担当部長
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