2016年6月13日 15時15分の記事 |
Forgotten People,Forgotten Diseases 都市部のNTDs (P178~190) 〈狂犬病〉 (178) 犬が狂躁状態になり,犬の飼い主がそのことを通告されていたにもかかわらず犬を鎖につながず,その犬が人を咬んで死なせた場合,犬の飼い主は銀3分の2(40シェケル)を支払わなければならない.その犬が奴隷を咬んで死なせた場合,犬の飼い主は銀15シェケルを支払わなければならない. バビロンのエシュンナ法典,紀元前23世紀 (Stanford.edu/group/virus/1999/sohoni/rhabdovirus.html (187~) 狂犬病に感染して臨床症状が現れた場合 ほぼ確実に死亡する…ほとんどの患者はまず恐水症(水を恐がる症状)を特徴とする狂躁型狂犬病と呼ばれる状態になり最期を迎える (臨床的な特徴 Warrell,2002) 恐水症になると 水を飲もうとすると ひどい不安や恐怖を感じ 喉や横隔膜(さらにその他の吸気筋)が反射的に収縮…水の音が聞こえたり 水のことを考えたりするだけで同じ反応を起こすこともある…そのような状態が約1週間続いた後 昏睡して麻痺状態に陥り その後死に至る 古代エジプト,古代ギリシャ,古代ローマ,古代中国の様々な文書に明らかに狂犬病だとわかる記述を見つけることができる.古代ローマ,古代中国の様々な文書に明らかに狂犬病だとわかる記述を見つけることができる.これはおそらく,狂犬病で死ぬ直前の状態があまりにも悲惨で人々の不安をあおるためだろう. 紀元前23世紀のバビロンの法典にも狂犬病について記されている 歴史上の記述: Theodorides,1986 バビロンの法典における狂犬病に関する規則: who.int/immunization/topics/rabies/ コウモリから伝播した狂犬病がアメリカなどの先進国で発生することもある(まれにスカンクやアライグマから伝播した狂犬病も発生する)が,狂犬病で死亡する年間5万5,000人の多くは,狂犬病のエンデミックがイヌで起きているアジアとアフリカの人々である. ヒトの狂犬病の世界的な負荷: Wyatt,2007 Coleman et al.,2004World Health Organization,2012b 狂犬病による年間死亡者数の半数以上(約3万人)を占めるインドでは,狂犬病による年間死亡者の約96%がイヌに咬まれて感染している. インドで狂犬病のために亡くなる人の大半は非常に貧しい成人男性 インドでもその他の地域でも 都市部の狂犬病は野良イヌに咬まれて伝播することがほとんど インドには2,500万頭のイヌがいて,その大部分は飼い主がいないと推定されている. (インドの疾病負荷の評価: Sudarshan,2005) New York times紙の記事 -Harris,2012 で インドのニューデリー ムンバイなどの都市部で野良イヌと狂犬病が大きな問題になっていることが紹介されている 狂犬病による死亡者数が多いことももちろん深刻な問題だが 経済に与える影響も同じくらい大きなこと (狂犬病の経済的影響: Meltzer and Rupprecht,1998) アメリカでイヌやネコを飼っている人々がワクチン接種にかけている費用は年間3億ドルと推定されているが,発展途上国で犬に咬まれた人々に狂犬病ワクチンを投与するためのコストも巨額である.狂犬病のイヌに咬まれた後で狂犬病になって死亡する確率を下げる数少ない方法として,暴露後予防(PEP : post exposure prophylaxis)と呼ばれる狂犬病ワクチンの接種がある. (狂犬病になる心配や不安,そしてワクチンを接種しなかった場合に起こりうる恐ろしい最期のために,)一年間の狂犬病による死者に対し,数千名を超える人々が暴露予防を受けている. たとえば タイでは毎年10万人以上が暴露後予防を受けており その費用は1,000万米ドルに上る -Meltzer and Rupprecht,1998 アジア全体では毎年700万人が暴露後予防を受けていると推定され 世界全体では毎年1,500万人が暴露後予防を受け 30万人以上の命が救われているとされている Wyatt,2007 Coleman et al.,2004World Health Organization,2012b 暴露後予防の実施率が最も高い国はベトナム -Dinh,2001 狂犬病の動物に咬まれると狂犬病ウイルスを含む唾液が皮膚や筋肉に入り,ウイルスはその場で増殖した後,神経細胞の細胞膜にある特定の受容体に接合する.咬まれた後で暴露後予防を受けなかった場合,狂犬病ウイルスは1日に約5~10cm(2~5インチ)の速さで末梢神経内を移動し,中枢神経系に侵入する.狂犬病ウイルスは狂躁型狂犬病に見られる臨床症状からわかるように,脳の中でも特に大脳辺縁系と呼ばれる部分に重い障害を起こす.ただし,そのしくみは正確にはわかっていない.検討中の仮説の1つにウイルスが何らかの作用で神経細胞のニューロン間の接続を妨害するというものがある. (狂犬病の臨床症状が現れるまでの病理学的な経過: Warrell and Warrell,2004) 「このような状況が起こる過程が明らかになれば,狂犬病の臨床症状が現れている患者に対する革新的な治療の開発につながると思われる」 世界初の狂犬病ワクチンは19世紀にルイ・パスツールによって開発された この開発をきっかけとして世界各地のフランス語圏にパスツール研究所が設立され,多くの発展途上国で第一世代の狂犬病ワクチンを入手できるようになった.狂犬病ワクチンの開発プロセスはその後改良され,最近では,パスツールが行っていたように動物の神経組織を使うのではなく,試験管内での細胞培養法でウイルスのワクチン株を増殖させる方法が用いられる.神経組織を使う従来のワクチンは毒性が高く副作用も起こすため望ましいものではなく,一部のワクチンには効果があまりないとの疑念もある.しかし最初の開発から1世紀経った現在でも,細胞培養法で作られた高品質な狂犬病ワクチンは発展途上国で広くは使われていない. インド亜大陸ではセンプル型と呼ばれるヒツジの脳を使って作られるワクチンが生産され ベトナムとアフリカと南アメリカ大陸では乳飲みマウスの脳を使って作られるワクチンが生産されている -Warrell and Warrell,2004 そのため 細胞培養法を使う狂犬病ワクチンの技術をインドなどに伝える世界的な取り組みが進められており…また暴露後予防用のヒトのワクチンの開発だけでなく 都市部の野良イヌに対するワクチン接種率を高め間る必要もある たとえば日本や台湾,アメリカ南部の都市部ではイヌの集団ワクチン接種で狂犬病が排除されている. (Warrell,2002) インド,バングラデシュ,さらに動物の狂犬病死亡数が多いあらゆる場所で,都市部全域にいる野良イヌのワクチン接種を早く行う必要がある. 最近定められた世界狂犬病デーは その(古くから存在する)病気に対する意識を深め 「世界の最貧困の人々」のための衛生教育を行うことを目指したもの Wunner and Briggs,2010 世界狂犬病デー: rabiesalliance.org/world-rabies-day 〈まとめ〉 国連人口基金によると 世界人口の半数以上が市街地で生活する時代を迎え 2030年には約50億人が都市部に住むようになると予想され 都市化が進むと同時に都市部の貧困が増加し スラム街や貧民街 ファベーラの状況は悪化し続けると予想され 衛生状態についての対策が行われているにもかかわらず デング熱 レプトスピラ症 狂犬病 その他の都市部のNTDsが増加するとの予測がある (国連人口基金は世界全体で市街地が拡大するのに合わせて 貧困層の人々の人権を尊重し 清潔な水の確保やごみ処理の実施 電力供給を促進する必要があると提言) Erlanger et al.,2005 Utzinger and Keiser,2006 United Nations Population Fund,2007 unfpa.org/urbanization (実現されないと 次世代の都市部の人々に貧困と苦痛に満ちた生活を強いることになってしまう) 『顧みられない熱帯病』2015 Peter J. Hotez, MD, PhD. 著 ベイラー医科大学(テキサス州ヒューストン)/国立熱帯医学校 創設学長/小児医学および分子ウィルス学・微生物学 教授/テキサス子ども病院/熱帯小児医学寄付基金 教授/ワクチン開発センター代表/セービンワクチン研究所 所長/ライス大学 ベイカー研究所 病気と貧困特別研究員/PLOS Neglected Tropical Diseases 創刊編集長 監訳:北潔-東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 教授/長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科長 訳:BT Slingsby-グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)CEO/鹿角契-グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)投資戦略・開発事業担当部長 ・・・・・・・・・・・・・・・ 「私たちはしばしば、この最も初歩的なおかしさにも気づかない」宮坂道夫 気づかない=協力者たちとともに 知っていて 諸行を持続 発展など という割合の多さ |