むらさき … 紫草
万葉集には衣服を染める意味を表す歌が少なからずあり
紫系色は22首
白系色-204首 赤系色-202首 黒系色-61首 青系色-58首 黄系色-8首 緑系色-5首 などで
詠まれた色が27首 歌の数は562首
「万葉の染色」について語られるとき「必ずといっていいほど引き合いに出される歌」
あかねさす 紫野行き標野(しめの)行き
野守は見ずや君が袖振る (巻1・20)額田王
むらさきの にほへる妹(いも)を憎くあらば
人妻ゆえに吾恋いめやも(巻1・21)大海人皇子
“紫草” Lithospermum erythrorhizon
別名 L.officinale var.erythrorhizon
紫草はむらさき科の植物 東アジア一帯に自生する多年草
高さ40〜60cm 春から初夏にかけて白い花をつけ
根は太く地中に真っ直ぐに延びていく
紫草の根を紫根といい 赤紫色をしていて 紫根は紫を染める染料として用いられ
また生薬としても珍重されてきた
(今の日本で 紫草の自生している所を見かけることはない)
市場で流通し 使用されている紫根は ほとんど中国からの輸入によるもので
昔からの紫草の根である 硬紫根と 軟紫根(Macrotomia euchroma)
“紫根の色素”
色素成分の化学的研究については 久原躬弦(みつる)(当時東京大学 初代日本化学会会長)による
イギリス化学会誌(J.Chem.soc.)への報告(1879-明治12年)があり
黒田チカ(東京女子高等師範学校:現在のお茶の水女子大)が初めて主成分として分子式 C16H16O5 の化合物を単離し シコニンと名付け化学構造を明らかにした(1918年-大正7年)
しかし シコニンには旋光性があるということから考え その構造式はおかしいのではないかということで 後年訂正された
(*不斉炭素原子)
同じむらさき科の植物で ヨーロッパや北アフリカ 地中海沿岸地方に自生する(栽培もされている)ヨーロッパ産ムラサキである アルカンナ ティンクトーリア(Alkanna tinctoria)という多年草
4〜6月に赤紫色の小さな花をつけ アルカンナ根は 赤味を帯びた茶色をしていて 古代ギリシャ ローマ時代から染料として用いられ 下痢止め 皮膚病の内外用薬や 食料品の着色料としても用いられていた
紫根とアルカンナ根を並べてみると 非常に似通ったものであることが分かる
アルカンナ根の成分についての化学的研究は 19世紀の中頃から多くの化学者により行われ アルカニンと名付けられた主成分である色素の化学構造は H.ブロックマン/イギリス により明らかにされた(1935-昭和10年)
そのとき アルカニンとシコニンは互いに光学異性体であることも明らかにされ 平面構造では シコニンとアルカニンは同じ構造で示されることに(なり 黒田チカが示したシコニンの構造図は誤りだったということに)
シコニンとアルカニンの絶対構造についての研究は 荒川久雄と中崎昌雄(当時大阪市立大学)によってなされ シコニンはR配置 アルカニンは S配置の構造であることが決定された(1961-昭和36年)
紫根のシコニン以外の成分については 近年 多くの研究者によりさらに新しい化合物が見つけられている
シコニン関連化合物の含有成分としては
両者に共通して存在するのは
シコニン / アセチルシコニン / β,β-ジメチルアクリルシコニン / β-ヒドロキシイソバレリルシコニン / デオキシシコニン などで
硬紫根の主成分としては シコニン /アセチルシコニン / β-ヒドロキシイソバレリルシコニン
軟紫根の主成分は アセチルシコニン / β,β-ジメチルアクリルシコニン
成分の含有量の合計は軟紫根の方が硬紫根の約3倍あることが明らかになっている
紫草は 日本では絶滅状態で 中国や韓国からの輸入に頼るような状態で 中国でも硬紫根の算出量が減少
シコニンの安定供給の観点からの 紫根の細胞培養による大量生産
田端守(京都大学)らの学問的基礎研究の成果をもとに 当時の三井石油化学(株)が生産技術を開発
当時 1985-昭和60年の新聞
「天然なら約5万坪の面積で4〜5年はかかる紫根が1坪程度の面積をもつタンクの中で3週間で生産され,しかも,天然のものより抽出率が高い」と報道され
そうして生産されたシコニンは 鮮やかな味わい深い赤紫色色素とその薬用効果(素肌にやさしいなど)を謳った「バイオ口紅」「バイオ石けん」に利用され華々しく売り出されたことがあったが 培養シコニンは商業的にはあまりうまくいかなかったのか 現在は製造が中止されている
紫は灰指すものそ海石榴市(つばいち)の
八十(やそ)のちまたに逢へる児や誰(巻12・3101)
万葉時代には紫草が染料として染色に使用されていたことを窺い知ることができ 椿の灰を染色の触媒剤として用いてきたことが推測される
つまり 椿の木の灰汁を媒染剤として使用した浸染法だったということ…「高貴な色」「冠色の最高位」を表すものとされ 庶民には禁じられていた時代 推古天皇(603-推古11年)「冠位十二階制」
韓人(からひと)の衣染むとふ紫の
こころに染みて思ほゆるかも(巻4・569)
というように その染色方法は大陸から伝わってきたもの
江戸紫:青味のある(例えば桔梗の花の色に似た)紫
京紫:やや赤味のある(熟した茄子のような)紫
紫根から抽出した染め液と媒染剤液である椿灰汁とでは 青味のある紫色になる…アルカリ性がかなり強い
赤味のある紫色にするには 染め液の中に酢を少し加えて媒染時にアルカリ性の弱くなった状態(弱アルカリ性の下)で染められる
紫根の色素(シコニン)は水に溶けにくく しかも80℃以上では変質しやすく 色素抽出には60℃程度の湯が使われる
紫根染めには椿の灰が使われていた…“椿の灰の役割”
植物を燃やすことは,生活の中で日常的に行われていたことです.燃やされる植物は身近にあって入手が容易な雑木であったと思われますが,したがって,燃やしたあとの灰も,常に身近にあったと考えられます.しかし,灰なら何でもよいのではなく,紫根染めには特に椿の灰が優れた結果を示すことを経験的に知っていて,そのために歌にもあるように重宝されたのではないでしょうか.今日的解釈では,椿の灰には,他の植物に比して含まれるアルミニウムイオン量が多いのがその理由になっています.
一般に,植物の灰には,ナトリウムNa,カリウムK,カルシウムCa,マグネシウムMg,鉄Fe,マンガンMn,アルミニウムAl などの金属が,炭酸塩,リン酸塩,酸化物などの形で存在します.このような多くの金属イオン成分を含んでいるために,いろいろな利用,活用がなされてきました.
明治頃まで 京都には“灰屋”という商売があり 竈にできた灰を買い集めてまわる仕事だった
集められた灰は 洗剤 漂白剤 肥料 焼き物の釉薬 媒染剤 ガラスの原料 火の保持(触媒作用) アク抜き 和紙の製造過程での漂白 清酒の清澄 などなど いろいろなところで使われていた
今日では それらの目的には 灰に代わって化学薬品が用いられている…灰屋という商売のあったことさえ知る人は少なくなった
37〜47
“媒染ということ”
一般に フェノール性化合物(特にポリフェノール)は金属イオンと配位化合物をつくりやすく 金属イオンの種類によって異なった色を見せる
紫根からメタノール抽出した赤色色素溶液(シコニンを主成分とする溶液)に いろいろな金属イオンや植物の灰汁を加えたときの呈色について
呈色の可視吸収スペクトル
(図a:ムラサキ-紫根 の色素溶液の灰汁による呈色の可視吸収スペクトル)
(図b:ムラサキ-紫根 の色素溶液の金属イオンによる呈色の可視吸収スペクトル)
(ムラサキ-紫根 の色素溶液の色調に及ぼす金属イオン,灰汁の影響:表)
(図aからは)アルミニウムイオンが呈色に寄与する効果が他のイオンの場合とは明らかに異なることがわかり
アルミニウムイオン単独の場合(図a)と椿灰(図b)では色調が同じではないことも分かる
灰汁はアルカリ性のため pHの影響があり 同時に 存在する他のイオン(鉄イオンや銅イオンなど)の影響もあるのではないかと考えられる
pHの変化による可視吸収スペクトル
(図:pH変化と色調の変化)
(それぞれのpHにおける色と最大吸収波長:表)
・椿灰汁だけが違った色調
・アルカリ性の下での色調が紫色
紫根染めでは 単にアルミニウムイオンが配位するだけでなく
アルカリ性で配位することが必要な用件となっているようだ
椿灰を媒染剤にしたときの紫色が鮮やかな美しい紫であることは
椿灰を熱水抽出した水溶液には鉄イオンの存在が少ないことを示している
(鉄イオンの存在は 染め上がりの色が濃い黒ずんだ色を与える)
媒染の原理の概念については 滝川勇治(岩手大学)が示している
(媒染の概念図:滝川勇治/化学と教育/170/1989 より)
山藍の「摺り染め」 藍染めの酸化・還元反応を利用した染色法 紅花染めの中和反応を利用した染色法 そして 紫根染めの媒染剤を利用した染色法など 植物染めにはそれに存在する色素の性質に応じて染色法が異なる
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有機化合物の右左
…シコニンとアルカニンの化学構造に関連して…
シコニンとアルカニンの絶対構造…互いに右手と左手のような関係であるため対掌体とも呼ばれ
鏡の前のものと鏡の中のものとの関係でもあり 鏡像または鏡像異性体ともいう
右手と左手は向かい合って常に対称です.また,右手を鏡に映すと鏡の中の手は左手となります.自分の顔を鏡に映すと,本物の自分と鏡の中の自分は右手と左手の関係と同じことになります.物質(化合物)にも同じような関係にあるものが存在し,身の回りにもその事例はたくさんあります.シコニンとアルカニンの関係がその一つの例です.
天然の有機化合物の中には,右手や左手に相当する立体構造をもつ化合物質(化合物)が,一々例を挙げていられないほど多数存在します.よく知られているのが,たとえば,タンパク質を構成するα-アミノ酸(グリシンを除く)や,グルコース,リボースなどの糖類ですが,中でも特に,コンブから取り出された旨味成分であるグルタミン酸は有名です.このような化合物の特徴は,不斉炭素原子をもっていることです.
高校の化学教科書には,このような化合物の例としてα-アミノ酸(例として,アラニン)や乳酸の記載があります.
(*不斉炭素原子)
正四面体の中心にある炭素には −NH2 −COOH −H −R の 4種の基(原子または原子団)が結合している…そのように 一つの炭素原子に結合する基(原子または原子団)が四つとも異なる場合 その炭素原子を ‘不斉炭素原子’と呼ぶ
不斉炭素原子の存在により 空間配置の異なる2種類の構造のものが存在
一例 ‘乳酸’2種類
・筋肉乳酸…筋肉に存在
・乳酸発酵で生産されるもの
二つの構造は 鏡をはさんで互いに鏡像関係にあり ちょうど右手と左手の関係と同じでもあり 重ね合わせられないことが分かり 鏡像異性体どうし(あるいはその溶液)は 偏光面を互いに逆方向に同じ角度だけ回転させる旋光性といわれる性質があり
したがって 光学異性体と呼ぶこともある…両者は 物理的性質 化学的性質は同じで 光学的性質(旋光性)だけが異なる
不斉炭素原子をもつ有機化合物(光学異性体)の立体構造を表す記号として
RとS DとL dとl (+)と(−)などが使われ
特に RとS による表示を絶対表示法という場合がある
R は rectus-ラテン語で「右」の意味 S は sinister-「左」の意味
Dは dextro-右 Lは levo-左 に由来
dとl (+)と(−)の記号は
化合物の旋光性が右回りのときに d または (+)
左回りのときは l または(−)を使用する
(図:その他の天然物の例:ハッカ/レモン・オレンジ/コンブ/リンゴ)
そのような化合物を実験室で普通の方法で合成すると 光学的に不活性なラセミ体の形でできてくる…自然系と同じ光学活性な化合物を得るには 不斉触媒を用いた不斉合成という手段がある
『植物染めのサイエンス』2007 増井幸夫/神崎夏子
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古代染色の化学的研究 第1報 古代紫染について(予報)[pdf]
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あちらに送ろうとして まずこちらに送ってしまった・・ というのは 続きを記入したいから だった ・・だろうね
「粘土とマッチ棒(または竹ひご,爪楊枝など)を用いて,2種類の乳酸や αアミノ酸の模型を組み立ててみませんか」
『植物染めのサイエンス』P53
その記述を見る前から とっくに浮かんでいた
記憶力のない人間が思い出すことができる・・
「犬」のような そのようにみえる そのようにしかみえない 左右がどうこう の ソレら
そちらで 「アミノ酸」「非対称」で検索すると 印象に残っている「図入り」の記事を みつけることができず
とりあえず こちらを・・ あれ? 太字
「左型のアミノ酸」強調したい? 「理由はわからないのですが」:とか ジョウトウク
2011年2月22日 ... 約300年から500年間隔で大地震を引き起こすと考えられており、近年発生した地震 では1811年から1812年の冬季に連続 .... 理由はわからないのですが、地球の人類や 他の生命も、ことごとく「左型のアミノ酸」というもので構成されているらしいのです(自然 に発生させれば右と左は均等にできる)。 .... これはフトマニの区象といって、人間は 逆さまになった植物であり、互いに共生しているという旨を説明するものです。
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これは一言で書くと、「暗闇中にある被写体のカラー動画像の撮像に成功」というもので 、リンク先の記事をお読みになっていただくのがいいかと .... 理由はわからないのですが 、地球の人類や他の生命も、ことごとく「左型のアミノ酸」というもので構成されている らしいのです(自然に発生させれば右と左は均等にできる)。 .... これはフトマニの区象と いって、人間は逆さまになった植物であり、互いに共生しているという旨を説明するもの です。
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ソレは どこにあるのかなあ。。 キーワードは 何?
2021/07/04 空白処理