ショカン的空間

信じるもの

去年も同じような心境だったような気がします。

若い彼女たちと、ある程度の会話などを済ませると、慌ただしく日程などが決まりだす。

ふりかえると、個人的に伝えたいことなどは、全て、もれなく、という‥それがどのように伝わったのか、そうでないのかに関わらず‥そのような感がありました。

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機をみて、よんで、

そのようなときには、自分にとっての“真実”を‥それがどのようなものであっても‥饒舌に、捲し立てたりするもので、

機をのがさぬようにと、早口になったりもするようですね。

私も、昨日がそうでした。(これは彼女に対してではなく、いつも自分のことを語る割合の多すぎる特定の方に向けて)

何かに間に合うようにという意識もあったのかしら。

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今日は、彼女だけでなく周りにも、それぞれ時間をとっていただいて、

言葉を選ぶこともでき、事細かに、前後の脈絡などを、シンプルに、伝えることができました。

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こんなにも私の心情を引き出していただいたのは、はじめてで、

この展開は少々驚きでした。

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彼女は、矛盾や不満、憤りなどにうもれながらも、質問をしっかりと投げられ、

おそらく、聴けば聴くほど、わからなくなったのではないかと思うのです。

何を(誰を)信じたら?という問いかけには、即答しました。

個人的には、それが唯一の答えですから。

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もとより、彼女にはすでに目標があり、歩き出してもいて、

どのように時間等を使うのが良いのかは、明らかなのです。